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『しがまっこ溶けた』らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日に

 今日6月22日は、「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」です。今日はビブリオAAにある1冊の本をご紹介します。

 『しがまっこ溶けた~詩人 桜井哲夫との歳月』金正美(キムチョンミ)著 NHK出版

 詩人の桜井哲夫さんは、1924年生まれ。13歳でハンセン病を発症、17歳の時に故郷青森を離れ、群馬県草津にある国立ハンセン病療養所栗生楽泉園に入園しました。

「日本で最後のらい詩人」と呼ばれ、『津軽の子守唄』『タイの蝶々』『鵲(かささぎ)の家』などの詩集を出版し、2011年に87歳でその生涯を閉じました。

 50歳を過ぎてから詩作を始めた桜井さんは、週に一度、療養所職員に代筆を頼み、詩を生み出していきました。何故なら、桜井さんは「らい」により、視力も、ペンを持つ指先も奪われ、点字を打つこともできなかったのです。

 いっぽう、この本の著者である金正美(キムチョンミ)さんは、1976年生まれ、在日コリアン3世の女性です。19歳の時に栗生楽泉園を訪れ、桜井哲夫さんと出会いました。そして、ある「二人の条約」により、桜井さんの孫になります。

 ハラポジ(祖父)となった桜井さんは、金さんと共に行動を広げていきます。桜井さん、いえ、本名長峰利造さんの故郷青森へ、そして、桜井さんの謝罪の旅でもあり、金正美さんの故郷でもある韓国へ。それらを経て、桜井さんは“しがまっこ”(津軽弁で「氷」)を溶かしていきます。

  韓国での夜、嗚咽が止まらない中、桜井さんの口から出た言葉が深く心に染み込みます。
「お母さん、産んでくれてありがとう。利造はこんなにみんなに愛されました」

 タイトルの“しがまっこ”とは、津軽弁で「氷」という意味を持ちます。らいになって60年、桜井さんの心に張りついていた“しがまっこ”も、故郷の“しがまっこ”も、溶けた。

 そして“しがまっこ”は、桜井さんの心にだけあるものではありません。ハンセン病は、病気との闘い、さらに偏見・差別との闘いが存在します。現在のコロナ禍をはじめ、あらゆる差別に共通することかもしれませんが、そこにいるのは、ハンセン病になった「誰か」ではありません。桜井哲夫さん、いえ、本名・長峰利造さんという「人」がいます。まぎれもなく私と同じ「人」がいて、心を、家族を持っています。
 
「哲学は自分がただ考えているだけではだめだ。それを誰かが人に伝えてくれて初めて完成する」と、桜井さんは言葉にしています。桜井さんの哲学は、金正美さんにより完成されました。私が桜井さんを知ったのは、残念ながら亡くなられた後でしたが、桜井さんが「生き抜いた証(あかし)」は、この本を通じて、確かに、この心にあるのです。 

『しがまっこ溶けた~詩人桜井哲夫との歳月』金正美著 NHK出版 2002年発行 ISBN 978-4-14-080704-0

こちらの本も併せてどうぞ。

『あん』ドリアン助川 ポプラ社 2013年発行 ISBN 978-4-591-13237-1

ビブリオAA、次回の開館日は明日23日(水曜日)14時から。